Gメンに加入。若き刑事。捜査一課時代は関屋警部補の部下。機敏に動くアウトドア派イケメン。
警視庁の副都心所轄署時代は、功名心にあふれ非番の日にも担当管内をうろつきまわり、「事件」とみれば事の大小を問わず摘発し、上司から、「一人で日本中の犯罪をなくせると思っているのか」と怒鳴られることもあるなど、長所も欠点も、バイタリティーあふれる、やり過ぎ、行き過ぎ、関屋警部補の若者版という男である。放映開始から初期は、主役に近いオファーで関屋警部補が活躍した時期であり、津坂刑事といえば、なんとなく存在感は薄い印象で、時折取り調べ室で声を張り上げるくらいの添え物的シーンしか記憶に残らない。趣味は、スキー第90話「スキー場首吊り殺人事件」と、ロッククライミング第42話「殺人の条件」である。フルネームは津坂真一。
第1話「エアポート捜査線」では、若手フレッシュ捜査員らしく常にアクティブに熱血に捜査にあたる純粋な男だ。副都心の所轄署から警視庁の本庁に配属されたばかりの若き張り切りボーイ。当時の日本のどこにいても見掛けられるような、長髪の平均的若者だが、功名心に燃えさかり、仕事が面白くてたまらない年頃である。第25話「助教授と女子大生殺人事件」で、徐々に存在感を増してきた印象だ。第20話「背番号3長島対Gメン」では野球選手の写真を送りつけ犯罪予告をしてきた粘着質な女の挑戦を受ける推理合戦のGメン本部で、突然笑い出しながら語るシーンに、人間らしい津坂真一の側面が垣間見えた。そんな津坂刑事だったが、回を重ねるたび、キャラクター設定に変化がみられ、後半は沈着冷静な側面を打ち出してきた印象だ。第78話「土曜日の幼稚園ジャック」でそれが如実に表れている。情熱的な草野刑事とは対照的なふるまいは、刑事としての成長を見ていると感じたものだ。第54話「密航船」で理不尽な仕打ちを受ける民間人の過酷な状況に、感情を寄せて拳銃を貸す行為や、職務と私情の狭間に揺れ動く親しみやすい人間的な部分も垣間見せた。第34話「警視庁の中のスパイ」では、「キイハンター」島竜彦(谷隼人/演)の流れを感じた。第104話「77.5.14 津坂刑事殉職」で殉職。 余談ではあるが、関屋警部補の誕生日である昭和18年5月14日が第1話「エアポート捜査線」で明らかだが、ともに活躍した津坂刑事の殉職日が同月同日というのも感慨深い。警察官である父親を殺害された過去を持つ津坂刑事は、容疑者を逮捕するために警官を志した。時効寸前に容疑者を割り出し、資材置場へ追い詰めたところで犯人のライフルが火を噴き、容赦ない銃弾を浴びる。黒木警視、草野刑事、山田刑事が現場に駆けつけたときには、既に津坂刑事は絶命していた。これでGメン史上2人目にして最後の殉職刑事となる。派手ではないが、地道に冷静にホシを追い詰めて行く姿は多くのファンを魅了し、惜しまれつつGメンを降板した。第58話「樹海に消えた白骨死体」では、ヘリで逃走した凶悪な容疑者の追跡し、手がかりを求め、樹海で孤軍奮闘したうえ瀕死の危機に陥ることもあるなど、無鉄砲な若者という印象だ。第86話「パリ警視庁の五百円紙幣」から第88話「パリ-紺碧海岸銃弾捜査」では、仏パリのニースの街を舞台に、追跡した三億円事件捜査では、渡仏したGメンに貴重な事件の背景を送るため国内に残り、地道な捜査活動を続け、事件解決と真相解明に重大な役割を担う。第80話「暗闇の密室殺人」、第84話「三本指の刑事」のような謎多きミステリアスな事件の捜査でも活躍を魅せた。1975年から1977年の春までGメン創世記を駆け抜けた津坂刑事であったが、人間としての側面を感じた作品を多く残した。
問 岡本富士太津坂刑事を演じた岡本富士太 丹波哲郎について
答 主演の丹波哲郎さんが撮影に遅刻してくる、セリフを覚えてこない、だから現場にカンペが置かれる(笑)。丹波さんは「カンペを見ながら芝居ができなきゃ一流になれない」と言い放つ(笑)。でも、丹波さんは優しくて、スタッフさんにも気を配るし、自分以外の役者の不満を聞いて、なだめたりもしていました。丹波さんがいるから現場がうまく回る。主役、座長はこうでなければいけないんだなと思いました
問 1975年5月「Gメン75」は始まった。オープニングを飾ったのは、岡本が演じた津坂刑事を含めたGメンのメンバーが、滑走路を横一列に並んで歩く映像が印象的だが。
返答 撮影が始まる前、深作欣二(構成・監督)と鷹森立一(監督)が「今までに見たことのない画を見せてやる」とおっしゃっていたんですが、それがあのタイトルバック。撮影は“陽炎(かげろう)待ち”があって苦労しましたね(苦笑)。滑走路に立ち昇る陽炎越しに僕らを撮ると告げられていたけど、いつ立つかは分からないですから
問 津坂刑事は第104話で殉職、岡本さんは、番組から卒業されることはご自身で決めたのか
返答 丹波さんや監督さんたちにも相談した上で卒業を選びました。違う現場を経験したい、ホームドラマや時代劇にも挑戦したい。そう思っていましたし、実際にいろいろな仕事のオファーがあって、同時進行でNHKのドラマにも出演していましたし。実はその頃、NHKに『Gメン』のスタッフが僕のアップを撮りにやって来たことがありました。それがないとつながらないシーンがあるから撮らせてくれ、と(笑)
問 殉職という形ついて
鷹森さんと、第104話を監督した山内柏さんから言われました。「殉職した方がお前の中でけじめがつくだろう。津坂刑事はこの世にいなくなったんだ、と納得してから次の現場に行く方がいい」と。
問 殉職シーン以外 印象深いシーンはあるか
答 北海道の積丹半島でロケをした第30話。監督は鷹森さん。もう寒い季節でしたが、「海に入れ」と指示されて入ったんですよ(しかしオンエアでは見事にカット)。でも海から上がってきたらみんな片付けを始めていて、誰も「大丈夫か」とか言わない(苦笑)。そんなことが何度もありましたが、「Gメン75」の現場には美学がありましたね。靴の裏側は映さない、なるべく畳は映さない。刑事はアンパンを食べないし牛乳も飲まない。今までにない刑事ものにしたくて、泥臭さや生活感を出したくなかったんだと思います
問 現在、「Gメン」を楽しんでいる視聴者には、本放送1975年当時は生まれていなかった若い世代の視聴者も多い
答 Gメンが始まったのは、僕がまだ20代だった頃。それから約2年、精いっぱい仕事に打ち込みました。手を抜くことなんか一切なく、いつも一生懸命だった。深作さんは一生懸命な人間を撮りたい方で、いいところも悪いところも画面に正直に出るとおっしゃっていました。演じる役者、撮るスタッフの熱みたいなものは画面から伝わるはずなので、それを感じていただきたいですね。
要約 。 「Gメン’75」は、ハードボイルドタッチの演出、ド派手なアクション、ロケを国内各地のほか海外で行ったスケールの大きさで人気を集め、丹波、原田大二郎、倉田保昭、岡本、藤田美保子、藤木悠らキャスト陣の魅力も際立つ。4KネガスキャンHDリマスターによる高画質版の配信。美しくよみがえった街並み、生き生きとした登場人物の表情、躍動するアクション技術は見ものだ。要チェック。

コメント