関屋警部補(原田 大二郎)『Gメン’75』

情熱的な性格で、猪突猛進型の行動派、若き警部補として登場。警視庁捜査一課から同僚の津坂刑事とともに、人柄を見抜かれ黒木警視にスカウトされてGメンの一員として加入となる。型にはまることを好まないバイタリティあふれる役どころだ。当初設定32歳。射撃の腕は一級品。

第1話「エアポート捜査線」では、手先が器用、指輪作りが得意で、婚約者である朝倉節子(田中真理/演)は国際線スチュワーデスであり上司である朝倉警部の妹だ。登場早々、アメリカのマフィア暗躍している凶悪な麻薬密輸組織潜入事件の犠牲となり、婚約者と死別する関屋警部補。

第2話「散歩する囚人護送車」、第5話「純金の死体」では、大胆な潜入捜査を敢行している。相手が上司であろうとも主張すべきことは貫き通すという意志の強さが魅力。強烈なリーダーシップと情熱的な行動力は、しばしば他のGメンを圧倒した。

犯罪者からは、暴力もいとわない冷徹ぶりで鬼の関屋として認知されており、数々の難事件を解決していく彼の左手小指には、婚約者と交換するはずの自作の指輪がはめられていた。

第22話「警視庁殺人課」まで登場したが、以降、一時欠場する。この回では、お育ちが良い坊ちゃんだということが判明するが、詳細は特に触れられていない。番組内では特に欠場理由は語られていなかったが、ノベルズによると、小田切警視の指揮の元、麻薬密輸組織捜査のため、サンフランシスコへ派遣されたという理由付けがなされていた。第32話「死んだはずの女」で復帰。 その際は、初期の猪突猛進型で行動的な性格に加え、一歩踏みこんだ職務と私情との狭間で揺れ動く苦悩する人間的な一面をも見せた。

第33話「1月3日 関屋警部補・殉職」で、高島平マンモス団地群の屋上に潜伏していた狂気の脱獄囚・遊佐哲治(滝 俊介/演)と壮烈な銃撃戦の末、殉職する。舞台となった団地は、板橋区の高島平マンモス団地群だ。撮影にあたり、団地の主婦が脱獄囚に狙われるという設定だっただけに、日本住宅公団 (現在のUR都市機構)とのロケ交渉には丸3日費やしたそうだ。 

団地の一室は、スタッフ親族が住んでいた部屋を借りる事ができた。撮影は早朝8時より。この作品は、翌週放映された第34話「警視庁の中のスパイ」と同日撮影という。正午から20時までは、第34話の撮影、それ以降から深夜にかけては第33話の撮影、スケジュールは過酷だ。良質な作品を残せた当時のスタッフの功績は大きい。

今も色褪せない刑事ドラマの金字塔『Gメン’75』(TBS系)の初回放送から50年。1975年5月にスタートし、7年間でシリーズ全エピソード355話が放送され、最高視聴率32.2%を記録した。「Gメン」とは欧米圏内でFBI捜査官を指す俗語で、ドラマでは、警視庁から独立した特別潜入捜査官を指す。指揮官・黒木警視役の丹波哲郎を筆頭に、原田大二郎、倉田保昭、岡本富士太、藤田美保子、藤木悠、夏木陽介が初期メンバーとして活躍した。

関屋警部補を演じた原田大二郎がのちに芸能インタビューに答えた内容。

原田が丹波哲郎に初めて会ったのは、あの伝説的なオープニング映像の撮影現場だったとのちに取材で答えている。「スタッフに知り合いがいて、『丹波さんはあなたにそっくり』と聞いていたんです。初対面の丹波さんに『よう、よう、よう』と陽気に声をかけられて、『ああ、俺そのものだ』と思いましたよ(笑)」

「ぜひ主演で」と熱烈なオファーを受けた関屋警部補役の出演契約は都合20話。周囲の反対を押し切り、東映の近藤照男プロデューサーが大抜擢した。近藤は、その強烈な個性と強引な采配で、現場を仕切るカリスマ的なプロデューサーとして君臨。

「納得できなければ、平気で編集を最初からやり直させる人でした。番組に懸ける熱量が本当にすごくてね。還暦過ぎの年配の監督も、彼には平身低頭ペコペコせざるを得ないし、若い監督らは彼の情熱に弾き飛ばされているように見えました」関屋警部補役の原田大二郎は、だいぶ後のなってからのインタビューに感想を述懐している。 

ドラマはたちまち人気が上昇し、関屋警部補役の続投が決まり第20話以降の契約を更新しながら、不思議なことに、第23話「車椅子の女刑事」から第31話「男と女のいる特急便」に関屋警部補の姿はないままで収録が進んだ。

降板。近藤プロデューサーからの痛烈な言葉が原因となる。「試写会で、近藤さんに『おい、大二郎。最近、アップが疲れてるぞ』と言われたんです。この一言で糸がプツンと切れました。誰が疲れさせているんだ、あんたのせいだぞ、と」 当時、Gメンの撮影は走るシーンが多く、原田も毎日のように走った。疲労はピークに達しており、ドラマ開始当初から太ももの付け根に痛みを抱えたが、そのまま走り続けていたという。連日の過酷なスケジュールも、原田の心身を追い詰めていた。精神的、身体的に限界を迎えていた原田は、降板の意志を、ついに近藤に伝えたという。

「深夜12時に吉祥寺のレストランで、近藤さんと話し合いました。延々と平行線をたどったけど、朝の6時に、2か月の休養ののち、私の演じてきた関屋警部補の殉職シーンを撮影するというかたちで決着したんです」原田の最後の出演となったのが、第33話の殉職シーンである。

「あのシーンのアイデアは僕が提案したんです。俺がダンダンダンとピストルを撃って、こっちに犯人が死んだ絵があって、切り返しに俺が犯人をにらみつけてる絵があって、バタンと倒れる。後ろの壁に血のりがバーっと飛び散るのはどうかなって」

即座に鷹森立一監督が「大二郎、それがいいわ」と賛同した。

かくして、Gメン初の殉職刑事となり、視聴者の心に残る名シーンが誕生した。

「バタンと倒れた後、誰もセリフを発することなく幕を閉じたのは、鷹森監督の感性ですね」

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