『Gメン’75』 オープニング「滑走路」

 懐かしい刑事ドラマ「Gメン’75」滑走路に書かれた「75」という文字、実は書かれてるのではなく、ベニヤ板を置いていた。 全然当時は気づかなかった。 映し方なのかブラウン管のせいなのか … 謎である。

懐かしい刑事ドラマ「Gメン’75」滑走路は実在しない。1975年放映開始。「Gメン’75」といえば「75」と書かれた滑走路を、メンバーが横一列に歩くオープニングが有名。しかし、タイトルバックにある「75番滑走路」は実際には存在しない。滑走路に書かれている2ケタ数字にはちゃんとした意味があって「75」はありえない数字だからだ。オープニングは、丹波哲郎率いる刑事たちが空港の滑走路を横一列で歩く姿が特徴的な70年代最高の、伝説的刑事ドラマ。菊池俊介作曲のテーマ曲に乗せて、ハードボイルドな世界観を印象づける演出で、最高視聴率32.2%を記録した。

場所: 初期は木更津の滑走路、後に千歳空港などでも撮影された。

演出: 刑事役の俳優たちが横一列で滑走路を歩き、カメラが追う。

メンバー: 丹波哲郎、岡本富士太、原田大二郎、藤田美保子、倉田保昭、藤木悠、夏木陽介 出演。

音楽: 印象的なブラスサウンドのテーマ曲(作曲:菊池俊介)。

内容: 1975年から放送。海外ロケや重厚な人間ドラマ。 

Gメン75 滑走路ってどこなのだろう?(オープニング・エンディングのタイトルバックロケ地考察)疑問がわく。

Gメン75のオープニングシーンは自衛隊館山基地の滑走路で撮影されていた。 滑走路の75という数字は撮影のためにわざわざ書かれていたのだ。

テレビドラマの金字塔として今なお語り継がれる『Gメン’75』。その魅力の一つは、重厚な物語や本格アクションはもちろんのこと、大規模な国内外でのロケにある。特に、陽炎立つ滑走路をGメンのメンバーが横一列に歩いてくるオープニング映像は、日本で最も有名なTVシーンの一つといわれている。

今なお多くのファンを魅了し続ける『Gメン’75』の代名詞ともいえる滑走路の場所から、作中の拠点、そして近年公開された映画『Gメン』の舞台まで、その足跡を辿ろう。かつてのGメンたちが駆け抜けた場所を巡り、彼らの「熱い心を強い意志で包んだ人間たち」としての世界観を感じてみよう。

陽炎が立ちこめる中、メンバーが滑走路を横一列に歩く構図と各人のアップを映したタイトルバック流れる曲は、菊池俊輔作曲の「Gメン’75のテーマ」(後述の通り後に変更)、そして芥川隆行による、「ハードボイルド Gメン’75 熱い心を強い意志で包んだ人間たち」のナレーションは、視聴者に強烈な印象を与えた(市販のサントラにはこのナレーションは収録されていない)。Gメンの象徴「滑走路」のロケ地は二箇所あった。「Gメン’75」といえば、あのドラマティックなオープニング映像を思い浮かべる方が多いのではないか。実は、この象徴的な滑走路のシーンは、放映の時代によって撮影場所が二箇所に分かれていたという。

後期メンバーが歩いた場所:海上自衛隊 館山航空基地。

オープニング映像のロケ地の一つは、海上自衛隊 館山航空基地(千葉県館山市)であることが知られている。当時の防衛大臣がSNSでこの情報を公表したこともあり、ご存知の方もいるかもしれません。 ただし、ここで撮影されたのは、立花警部補(若林豪)らが参加した第105話以降のオープニングだとされている。館山航空基地は、もともと旧海軍が埋め立てて建設した飛行場で、現在は海上自衛隊のヘリコプター専用飛行場としては日本最大規模だ。

初期メンバーが歩いた場所:京浜島が有力視される。

初期メンバー(黒木警視、草野刑事、響刑事、関屋警部補、津坂刑事など)のオープニングが撮影された場所は、長らく明確ではありませんでした。過去には「東京都品川区八潮5丁目の道路」という情報もありましたが、当時の状況を検証した結果、撮影場所とするには難しいとの意見もある。

現在、有力な候補地として調査が進められているのは、羽田空港の北に位置する埋立地である京浜島だ。この島の北部を走る3車線の道路が、当時の「ミニ滑走路」のような景観に近かったのではないか、と一部のファンによって考えられている。現在では確証となる一次資料がないため、場所を断定するのは難しい状況である。

滑走路に書かれた「75」の秘密。オープニングのタイトルバックに大書された「75」という番号、これは実際の航空施設の滑走路には存在しない番号である。滑走路に表記される番号は、磁北からの方位角に基づき01から36の範囲でつけられる国際的なルールがあるのだ。「Gメン’75」の撮影では、滑走路に白いベニヤ板などを並べて数字を描いた、つまりセットや小道具のような形で「75」を表現していた。

Gメン75のオープニング、エンディングを撮影した滑走路は、調査の結果以下のような点が判明している。雑誌等の公式発表のほか、実際に検証された方、当時、撮影現場に行かれた方などの証言に基づいてタイトルバックのロケ地をまとめてみた。

Gメン75 初期~最終メンバーの滑走路、タイトルバック撮影場所。
(1)001話~033話/羽田空港脇の道路(大田区平和島説、京浜島説、品川区八潮5丁目説)

(2)034話~104話/羽田空港脇の道路(大田区平和島説、京浜島説、品川区八潮5丁目説)
(3)105話~204話/千葉(海上自衛隊館山基地)
(4)205話~226話/千葉(海上自衛隊館山基地)
(5)229話~252話/千葉(海上自衛隊館山基地)
(6)254話~266話/千葉(女性自身1980年、1982年・海上自衛隊館山基地)
   269話~291話
   295話~306話
(7)308話~318話/静岡(航空自衛隊・静浜基地)1983年3月
   321話~327話 330話
(8)331話~354話/静岡(航空自衛隊・静浜基地)

※(7)の逆(確認:制作デスク1983年3月)  355話SP
(9)Gメン82/千葉(週刊明星1982年:海上自衛隊館山基地)
(10)Gメン75スペシャル1・2/静岡(三保飛行場)

タイトルバックで有名なシーンは、当初は羽田空港での撮影が予定されていたが、撮影許可が下りなかったため、東京都品川区八潮5丁目の道路や海上自衛隊館山航空基地の滑走路で行われた。また丹波哲郎は「この撮影で一番多かったのは木更津だった」と話している。路上の白文字は、白く塗ったを並べることで作られていた。このエピソードは昭和感、胸アツだ。

なお「香港カラテシリーズ」などの海外ロケ、前後編、三部作などの大がかり、あるいは特別な回では、通常とは異なる仕様のオープニングやエンディングとなる。

本作の新番組予告編では、次のようなこの時限りのナレーションが使われ、7人が75滑走路をオープニングとは異なる衣装で談笑しながら歩行するシーンにあわせ、レギュラー出演者がそれぞれのキャッチフレーズと共に紹介されていた。

  • ハードボイルド Gメン’75 熱い心を強い意志で包んだ人間たち
  • ビッグな男・ゴッドファザー・丹波哲郎
  • ガッツな男・原田大二郎
  • ハッスルする男・岡本富士太
  • パッショナブルな女・藤田美保子
  • ハードな男・倉田保昭
  • コミカルな男・藤木悠
  • 冷静沈着クールな男・夏木陽介
  • 俺達は都会の狼だ。狙う獲物は太った虎・腐りきったライオンだ。俺達は都会の食肉獣を追い詰める。俺達はコンクリートジャングルをのさばる悪を吊るす。俺達は夜の掟の下に戦う狼なのだ。Gメン’75
  • このオープニングタイトルは、当時東映の社員監督だった小林義明が演出。以後、メンバーチェンジごとに新しくオープニング映像が撮影されるとともに、75滑走路のデザインも下記の通り順次変化している。懐かしの満載だ。

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